4月10日水曜日8時15分
教室の扉を開けると、すでに数人の生徒が中に入っていた。席に座って雑談をしている人や窓の外を眺めている者、緊張で落ち着きの無い人など、初日らしい光景が広がっていた。
その中で目を引いたのは、一際明るいオレンジ色の髪。
さっきぶつかった少女――彼女が前方の窓際の席に座り、理由は分からないけど、どこか満足気に足をぶらぶらと揺らしていた。
俺が教室に入ると彼女もすぐに気づいたらしく目が合った。
「あんた、さっきの……!」
「げっ!?お前は今朝の当たり屋!」
俺が呆れたように言うと、彼女の眉がピクリと動いた。
「はぁ?あんたがボーっと歩いてたせいでぶつかったくせに!何か文句でもあるの?」
一切悪びれる事もなく、まるで自分が被害者かのような言い草に俺も苛立ちを覚える。
「そっちこそ前見て歩けっての。おかげでこっちは入学早々制服を汚す羽目になったんだぞ」
この女とは違い声を荒立てるような真似はしないけど、苛立ちを含んだ声音で良い放つ。
「なによそれ!こっちだって急いでたんだから仕方ないでしょ!」
本当に悪びれないヤツだな。
「急いでたって、どんな理由で急いでたかは知らないけど、どうせ大した理由じゃないだろ?」
時間を見間違えて遅刻すると勘違いしたとか、一番乗りしたいとか、漏れそうだったとか、どうせそれぐらいの理由だろう。
そんな事を考えてると唐突に彼女の雰囲気が変わったような気がした。
「別に良いでしょッ!他人にとって大した理由じゃなくても私には大事なのよ!」
彼女にとって大切な何かに触れてしまったのか、声を荒立てる。
「だとしても、人にぶつかっておいて謝罪の一言も無いのかよ」
「だからトロいアンタが悪いんでしょ!」
苛立ちが苛立ちを呼び、一触即発状態となった教室の一角。
他のクラスメイトからしてみれば入学早々最悪な一日の始まりとしか言えないだろう。
「ま、待ってください!二人とも落ち着いて!ここは教室ですから……!」
再び火花を散らすようなやり取りを始めた俺たちを、澄玲が焦った様子で止めようとする。しかし、俺たちはお互いに譲らず、口論が止まらない。それどころかヒートアップしていた。
「そこまで!」
教室に響いたのは、はっきりとした女性の声だった。
振り返ると教室の入り口に鋭い目つきの女性教師が入り口の柱に手をついてどこか呆れ気味に立っていた。
「何事かと思えば、朝から賑やかね。新入生同士の歓迎の挨拶かしら?」
(どうするれば入学式当日に剣呑な雰囲気が立ち込めるのよ……)
冷静で少し皮肉を帯びた言葉に俺たちは一瞬言葉を詰まらせた。そして苛立ちが収まり冷静になると恥ずかしくなってきた。
その隙に彼女はこちらに歩み寄ると、俺の頭を主席簿で軽くポンと叩いた。
「な、何するんですか!」
これって体罰なんじゃ?
「何するんですか、じゃないわ。入学式当時に教室で言い争うなんて、君たち目立ちたいの?」
俺が反論しようとする前に、隣の春花が口を開いた。
「でもこいつが先に――」
「どっちが先とか後とかどうでもいいの。君たち二人とも落ち着きなさい。それとも、私の出席簿で再教育が必要?」
椿先生はにやりと笑うと、再び出席簿を手のひらで軽く叩いて見せた。その仕草に、俺も春花も渋々口を閉じる。
「名前は?」
「|明盾 春花《あかたて はるか》です……」
「……|染前望蕾《そめまえ みらい》です」
「春花ちゃんと染前ね、覚えたわ。初日からこんなに騒がしいのは久しぶりね。少し期待しておくわ」
その言葉に、どこか冗談めいた響きが混じっている。しかし、その短髪に似合う快活な笑顔は、ただの厳しい教師ではないことを感じさせる。
「私は|酒鬼 椿《さかき つばき》、今日から君たちの担任よ。ヨロシクね♪」
先ほどまでとは打って変わって爽やかな雰囲気の酒鬼先生。ボーイッシュな見た目も相まってか、男子なのに女性の先生に羨望さえ覚えそうになる。
「さあ、席に座りなさい。出席を取るわよ。遅刻する生徒がいないか確認しないとね」
先生の一言教室内の雰囲気の切り替わるように和らぎ、学校に来たと改めて実感した。
「ふん、覚えてなさいよ」
「そっちこそな」
互いに流し目で睨みを利かせつつ小声で吐き捨てながら自分の席に着いた。
思った感じとは違うけど新しい学園生活が幕を開けた。
席に座るなり、隣の席の生徒が声をかけてきた。
「よっ、朝から面白いもの見させてもらったぜ」
一言のように言ってくる男子生徒だが、俺は気にすることなく返答する。
「あぁ、悪いな。朝から騒がしくしちゃって。」
「いやいや、これからが楽しみだよ。俺は|鳴水 仙佑《なきみず せんすけ》。よろしくな、望蕾」
「ああ、よろしく」
楽し気に自己紹介をしてくる彼に俺も笑みを浮かべて挨拶を返した。
「それにしても望蕾、よくもまぁあの子に平然と喧嘩売れたな。あの子の格闘界隈じゃ、かなりの有名人だぞ?」
唐突にとんでもない情報が齎されてしまった事に俺は一瞬思考が止まる。
「……マジ?」
「マジ」
俺、よく生きてたな。いや、今日生きて帰れるだろうか。
命の危機に不安に駆られながらも俺は酒鬼先生の言葉をどうにか聞くことに成功していた。
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